社員「お値段は……これぐらいで」
男「え、こんな格安で買えるんですか!?」
社員「はい……」
男(いくらなんでも安すぎる……なにか秘密がありそうだな)
社員「ただし、この家は……事故物件です」
男「事故物件……!(やっぱり……!)」
男「つまり、それって……出るってことですよね?」
社員「ええ、出ます」
男(こんな格安で家を買うチャンスなんて多分二度とないぞ……ローン組む必要もない)
男「中に入ってもよろしいですか?」
社員「もちろんどうぞ」
男「お邪魔します」
ドッドッドッ…
男「ん?」
男「なんだこれ……エンジン音?」
社員「はい、エンジン音です」
男「バイクでも置いてあるんですか?」
社員「いえ、久々の来訪者を受け……家が走りたがっているのです」
男「は?」
社員「こちらへどうぞ」
男「操縦席!?」
社員「このキーを、その穴に差し込むと起動できます」
男「はぁ……」
ギュルルルッ
ドドドドド…
男「うおお、本格的に動き出した!」
社員「アクセルを踏むと発車します。いや、発家かな」
男「アクセル……? こう?」
男「おわっ!?」
男「は、速――」
社員「ハンドル切って! ぶつかりますよ!」
男「制御できな――」
ドガシャァン!!!
シュゥゥゥゥゥ…
社員「また事故ったか……」
男(出るって……スピードのことだったのか……)
社員(あの家を乗りこなすのは、やはり相当なテクの持ち主じゃないと無理だ……)
社員(だけど、そんな人いるわけが――)
ブオオオオオオンッ!
社員「!」
社員(今走っていったバイク……なかなかの腕前だった)
社員(ちょうどあそこにある駐車場に入った……追いかけてみよう!)
社員「すいませーん!」
青年「ん?」
社員「さっきの走り見てました。すごいバイクさばきでしたね」
青年「そりゃどうも」
社員「そんなあなたを見込んで、頼みがあるんですが――」
青年「頼み?」
社員「ダメですか……」
青年「だけど……あの人なら乗りこなせるかもしれない」
社員「あの人とは?」
青年「俺の先輩にあたる、“伝説の走り屋”さ」
社員「走り屋……! ぜひ連絡先を教えて下さい!」
青年「住んでる場所なら……」
社員「すいませーん!」
社員「すいませーん!」
ガラッ…
走り屋「うるさいな……。なんだい、セールスならお断り……」
社員「あなたが……伝説の走り屋さんですか」
走り屋「フッ、懐かしい呼び名だな……」
社員「なぜです?」
走り屋「無茶をして、単車(あいぼう)がイカれちまってね……。それ以来、走りへの情熱を失っちまった」
社員「ですが、新しいバイクを買えば……」
走り屋「あいつ以外と走る気はねえ……」
走り屋「どんなすごいバイクや車見ても、カムバックしようって意欲が湧かなかった」
社員「……でしたら、家はどうです?」
走り屋「家?」
社員「今までに何度も事故を起こしており、“事故物件”として扱われています」
走り屋「……!」
走り屋「なんだこれ……。すげえ……すげえマシンだ!」
社員(さすがだ……一目で走る家だと見抜いたようだ!)
社員「乗ってみませんか」
走り屋「……」
走り屋(すまねえ……相棒。俺はどうしてもこいつに乗ってみてえんだ!)
走り屋「乗らせてくれ!」
走り屋「おお……!」キョロキョロ
社員「マニュアルは――」
走り屋「いや、大丈夫だ」
社員「え?」
走り屋「分かるんだよ……マニュアルなんか読まなくても。動かし方が。走り屋の本能ってヤツでな」
社員「そういうものですか……!」
ドッドッドッドッドッ…
ブオオオオオオオ…
社員「おおっ! あっさりと制御した!」
走り屋(すげえ……ハンドル、アクセル、ブレーキ……全てが手足に吸いつくようだ)
走り屋「んじゃ、発家するぜェ!」
社員「どうぞ」
ギュンッ!!!
走り屋「いい速度だ……家ごと風になったようだぜ」
社員「流石です」
走り屋「もっと飛ばしていいか!?」
社員「もちろんです!」
ギュウウウウウウウウウウウンッ!
走り屋「Fooooooo! あの頃の……クールでホットな気持ちがよみがえるぜ!」
ギャルルルルッ!
走り屋「ほらほらほらぁ! ヒャホーッ!」
社員(なんという絶妙なハンドルさばき! 障害物を危なげなく紙一重で避けている!)
走り屋「愛車を失った時に俺は誓った……」
走り屋「もう二度と事故らねえってなァ!」
ギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!
走り屋「俺こそ驚きだよ。こんな家があるなんてな」
社員「光栄です」
走り屋「この家を作った奴は……いったい何者なんだ?」
社員「彼は元々……空に憧れる青年でした。いえ、空というよりは宇宙、でしょうか」
走り屋「ほう」
社員「毎晩、星を眺めては……空飛ぶ円盤のようなマシンを作りたいと夢を抱いていたんです」
走り屋「空飛ぶ円盤……未確認飛行物体ってヤツか」
社員「ですが、心の奥底では夢を燃やし続けていました」
社員「やがて彼は……飛べぬのなら、せめて地上を、と“走る家”の建築を始めたのです」
走り屋「空飛びたかっただけあって、なかなかブッ飛んだ野郎だねえ。嫌いじゃないぜ」
走り屋「……で、今そいつはどうしてるんだ?」
社員「亡くなりました……。この家を作り……力尽きてしまったのです」
走り屋「そうかい……」
社員「え?」
走り屋「その建築家も、どうせならこの家で飛んで欲しいって思ってるだろ」
社員「無茶です! 飛べるようには出来て――」
走り屋「いや……飛べるさ。俺の手にかかればな」
走り屋「……」クイックイッ ガクンッガクンッ
社員(私ですら知らない操縦法……!? 早くも編み出していたのか!)
走り屋「行くぜェ!!!」
フワッ…
社員「!?」
走り屋「どうだい……飛べただろ」
社員「す、すごい……!」
走り屋「マシンの性能以上のもんを引き出す……それが真の走り屋ってもんさ」
社員「飛んでる……! 飛んでるぅ……!」ウルッ
ギュオオオオオオッ!
走り屋「そろそろ着陸させるか」
ギュオオオオオッ! ドスンッ…
走り屋「この家、気に入ったよ。買わせてもらうぜ。いくらだ?」
社員「いえ……お代は結構です」
走り屋「は? なにいってんだ。それじゃあんた、大損じゃねえか」
社員「大損? いえいえ、私は十分儲けさせてもらいました。これ以上ないほどに」
社員「だって……夢が叶ったんですから」
走り屋「……え?」
社員「おかげでやっと成仏できます……」
走り屋「あんた、まさか……!」
社員(さようなら……)
社員(どうか、この家を大切に……事故のないよう……)
シュゥゥゥゥ…
走り屋「……」
走り屋「飛んでいっちまったか……。まるで空飛ぶ円盤のように……」
……
ブロロロロロ…
青年「いやー、走り屋さんが復帰したと聞いた時は嬉しかったですよ!」
走り屋「新しい相棒が見つかったからな」
青年「それにしてもいい家ですね。自在に走らせることができるなんて!」
走り屋「ああ……いい家をもらえたよ」
走り屋「優良物件とはちょっと違うな」
青年「え?」
走り屋「この家は……UFO物件さ」
―おわり―
面白かった乙
良い話だった